ズヴァルトノツ古代遺跡

エチミアジンから5kmに位置するズヴァルトノツ古代遺跡は、7世紀にアルメニアの主要大聖堂として建設され、かつては壮大なエチミアジン大聖堂を凌駕するほどの大聖堂でした。10世紀に起こった大地震によって無惨にも廃墟になり、今は遺跡として見ることができます。しかし、遺跡になった今なお、雄大な美しさであった大聖堂を偲ぶことができます。

大聖堂は、今では部分的に残っているだけの階段状の台座に囲まれた、台の上に建てられており、かつては、サイズの異なる三種類の円柱に支えられた、高さ49mの三階建ての円形の建物でした。各支柱の上には、逆さにした円錐と渦巻き模様のある丸飾りが見られます。大聖堂の中心部には、内部空間の基礎ともなった十字架がありました。全体の構造は、20mの4本の巨大な柱によって支えられており、5つの出入口があり、背の高い丸天井に覆われていました。円形の内部空間は2階部分が桟敷に囲まれており、2階へは3方面から出入りすることができ、壁は6つの頑丈な柱に支えられていました。

大聖堂は、上から下まで、壮大な石の彫刻で装飾されていました。複雑な飾りが、軒を縁取り、窓を飾っていました。大聖堂の壁は、ブドウの木、ザクロの枝、素晴らしい幾何学模様で装飾され、豊富なモザイクも壁を引き立てていました。腰くらいまでの高さの人物を描いた彫刻もあり、自然なポーズ、衣服の詳細な描写、ほとんど肖像画といってもいいほどの頭部は中世のアルメニア人の様子を今日に伝えています。

ズヴァルトノツ大聖堂の建設工事は641〜643年に始まり、652年まで断続的に約20年間続きました。

大聖堂は930年頃に起こった大地震によって破壊されるまで、300年以上のあいだ建っていました。研究者によると、大聖堂の建築家は、最上部の全重量が、主要な支柱として機能していた4本の頑丈な支柱にうまく伝達されるように処理していませんでした。その結果、荷重の一部がアーチと丸天井にかかることになりました。大地震によってはっきりと証明されたように、それは建物のデザインの弱点でした。

ズヴァルトノツ古代遺跡は、ユネスコによって世界遺産に登録されています。

Photo Gallery